「同担拒否」ってなんだ?
先日、こんなアンケートを見つけました。
【拡散希望】
同担拒否についての卒業研究のため、意見を集めています。
3分程度で完了するので御協力頂けると助かります。頂いた回答は指導教員の下で厳重に管理し、卒業研究以外に使用することはありません。また回答者の個人も特定されませんので気軽に回答してください。https://t.co/I0veNYNtAl
— 卒業研究 (@sotsuron_2020) 2020年6月10日
(現在このアンケートはいったん締め切りとなっているようです。投稿者様からの申し立てがあった場合は記事を取り下げさせていただきます)
「同担拒否」についての卒業研究?面白そう!と思ってなんとなくアンケートを開いたのですが、これがまあ難しい。考えているうちにどんどん哲学みたいになってくる。せっかくいろいろ考えたので、その記録を残しておこうかと思います。
こんな記事を書いておいてなんですが、私自身は「同担拒否」というカテゴリーに属したことはありません。あくまで「同担拒否をしたことがない人」としての考察です。ですので同担拒否を経験したことがある方にとっては「ぜんぜんわかってねーなコイツ」と思うような記事かもしれませんが、どうぞご容赦ください。
それから、この記事を書いている私は「男性アイドルを推している女性ファン」なので、同性を推している方や男性ファンにとってはややピンと来ない記事になっているかもしれません。そのあたりを踏まえた上で読んでくださると嬉しいです。
当然ですが、この記事はあくまで「個人の見解」です。大事なことなのでフォントを最大にしましょうか。
この記事はあくまで「個人の見解」です。
……OK?では、本題に進みましょう。
おそらくこの記事を開いた方は多かれ少なかれ「同担拒否」という言葉を知っていると思いますので、詳しく解説はしませんが、ざっくり言うと、「同担」(自分と同じキャラや人物を推しているファン)を苦手とする人たちのことです。「担当」という言葉が使われているのでおそらくジャニーズファン発祥と思われますが、現在では幅広いジャンルで使用されています。
冒頭のアンケートでは、最初に「あなたは同担拒否をしたことがありますか?」という質問があり、回答次第で別のページに飛ぶシステムになっています。私は「いいえ」と答えたので、以下の二つの質問に飛びました。
・同担拒否をしているファンはどんな人だと思いますか?
・あなたと同担拒否をしているファンでは何が違うと思いますか?
どんな人!?そういえば考えたことなかったかも……。軽い気持ちで開いたものの、回答に数十分かかってしまいました。それなりに色々と考察したので、その軌跡を残しておこうと思います。
同担拒否とひとくちに言っても、そのメカニズム(?)には何通りもあるんじゃないでしょうか。よく取り上げられるのは、「推しに恋愛感情を抱いており、他のファンに嫉妬する」というパターンです。いわゆる「ガチ恋」「リアコ」というやつですね。
ただ、私の周りにはあまりこういったタイプがいないため、世界にはそういう人もいるんだな~程度の浅い認識しかありません。それに関しては私の調査不足です(お前の卒業研究じゃねーから)。
なので、今回はちょっと別の視点から考察してみようと思います。テーマは簡単に言うと「解釈違い」です。
私の友人にも同担拒否を経験している人がいます。というかこの考察はその友人と喋りながら生まれたものなので、共同著者みたいなものです(?)ジャンルとしては、とあるソーシャルゲームのキャラクターを推している人です。仮に友人Aとしておきましょうか。
友人Aは、比較的マイルドな「同担拒否」です。同担とはいっさい関わりたくない、というタイプではなく、普通にTwitterで同担をフォローしたりもするんだとか。じゃあどのへんが「同担拒否」なの?と聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「自分の中に、推しはこういう性格だっていう理想像みたいなものがあって、それがほかのファンと食い違うのが好きじゃない。たとえば推しは恋愛とか興味なさそうなキャラなんだけど、推しが出てくる夢小説とかBL小説とかを見ると、『○○くん(推し)は恋愛なんかしませんけど?!』って思っちゃうんだよねえ」
なるほど。
友人Aの言うことは、いわゆる「解釈違い」にカテゴライズできると思います。とくに二次元のキャラクターは、公式からの情報のみでできていますから、公式が言及していない余白についてはいくらでも解釈が可能なわけです。だからこそ、ボイスが実装されたときに「なんか思ってた声と違った……」なんてことが起こりうるんですね。
友人Aの名誉のために言っておくと、彼女はあくまで「公式が絶対」と思っているタイプのファンです。なので「公式が解釈違い」ということではなく、ファンの間での解釈違いに悩んでいるようです。
友人Aは推しに恋愛感情を持っていないので、他のファンに嫉妬しているわけではありません。「自分の中の推し像」と「他のファンの中の推し像」が食い違うのを見たくない、と言えるでしょう。
同じ推しを見ていても、推し方は人それぞれです。たとえば「推しは世界一かっこいい」と思う人もいれば「推しは世界一かわいい」という人もいますし、「推しには幸せでいてほしい」という人もいれば「推しを泣かせたい」という人もいるでしょう。みんな違ってみんないい──で済めば楽ですが、そうもいかないのが複雑なオタク心。たとえ恋愛感情を持っていなかったとしても推しは美化してしまうものですし、自分の頭の中の推しがいちばん輝いてるんだ!と思うのも無理はありません。
さてここで、三次元の話をしたいと思います。私の推しについては前の記事「GOT7を知ってくれ」をお読みください(隙自語)。
私はKPOPアイドルをここ一年ほど推しています。簡単に会いに行ける距離ではないし、なんというか現実味がないので、三次元の中でもだいぶ二次元寄りのジャンルではありますが、推しが生身の人間であるという点において二次元とは大きく異なります。
私は同担拒否をしたことがないと書きましたが、先ほどの友人Aと似たような複雑な心境になったことがあります。それは「推しのドラマ出演」です。
私の推しは恋愛ドラマに多く出演しています。それなりに主役を張るような方なので、まああるわけですよ。キスシーンとかが。ジャニオタさんにも似たような状況がよくあるのではないでしょうか。私自身は、キスシーンに拒否反応を示しまではしませんが、「うーーーーーーん」という気持ちになってしまいます(急に語彙力を失う)。
あらためて明記しておきますが、私は推しに一切の恋愛感情を持っていません。つまり、相手役の女優さんに嫉妬しているわけではないのです。じゃあなんでフクザツな気持ちになるのか?おそらく、その原因が「解釈違い」だと思うのです。
私の推しは、「清純派」という括りに入りそうな人です。髪色は常に暗く、アクセサリーもあまり身に着けません。衣装も他のメンバーに比べて露出控えめなものが多いので、おそらくそういう方向性で売っているのでしょう。私生活もほとんど見せず、とくに女性関係が話題になることもありません。つまり、私の中で「真面目で清楚」というイメージが確立しているわけです(もちろんそれ以外のイメージもありますが)。
しかし恋愛ドラマの撮影となれば、女優さんと恋愛関係を演じることになります。こんなことを言っては俳優ファンの方に笑われてしまいそうですが、「私の推しは付き合ってもいない女性とキスなんかしない!!!」となってしまうわけですね。
そんなことを言い出すと「そもそもアイドルやってる時点で不特定多数の女性に愛を振りまいてるじゃん」となりそうですが、私の推しはあまり「ファン=恋人」という姿勢を見せません(※個人の見解です)。「結婚して」というファンのコメントを見て渋い顔で「…sorry」とぶった斬るようなアイドルです。なので、「推しがアイドルである」ことと「推しが清純派である」ことは私の中では矛盾していないのです(※個人の見解です)。
念のため書いておきますが、推しのドラマ出演はとても誇らしいことだと思っていますし、どんどん活躍の幅を広げてほしいと思っています。あくまで私が恋愛シーンで「うーーーーーーん」となるだけ。それだけです。演技までできるなんて世界一天才じゃん!!!!!と思っている単純なオタクなので。
長々と書きましたが、要は三次元に対しても解釈違いは起こり得るということを言いたかったんですね。生きている人間とはいえ、ファンはアイドルの一部しか見ていませんから。
ただし、解釈違いがあるからといって同担拒否になっているわけでもないのが難しい。「同担拒否の原因のひとつとして解釈違いがある」けれど「解釈違いが必ずしも同担拒否につながるわけではない」。これに関してはもう「推しの愛し方は人それぞれだなあ……」という陳腐な感想になってしまいます。ここまで読んできて結論それかよとガッカリしたみなさん、誠に申し訳ない。
ただ、冒頭のアンケートはここで終わりではありません。最後にこんな質問があります。
・どのような推し(芸能人やキャラ)なら同担拒否をしてしまうと思いますか?
これまた難問。いろいろ悩んだ結果、こんな考えに至ったよということも書いておこうと思います。
KPOPアイドルを推して一年、新たなグループを好きになりました。そちらのグループは全員三十代ということもあり、大人の余裕を武器としているので、女性との共演や恋愛報道があっても若いアイドルほど大騒ぎにはなりません。なので私も、いくら彼らが恋愛ドラマに出ていようが平常心で見ることができます。
このグループは、数あるアイドルグループの中でも「ファンとの距離が近い」のが特徴ではないかと思っています。自宅から生放送をするメンバーもいれば、SNSでファンの投稿をチェックしているメンバーもいます。さらに、メンバーから直接メッセージが来るアプリもあります(佐藤健の公式LINEみたいなものをイメージしてください)。住む国が違うとはいえ、手を伸ばせば届きそうな感じがあるわけです。
これは本当に好みの問題ですが、私はアイドルに「現実味のない存在」でいてほしいと思っています。なぜかというと、アイドルの生きている世界に自分を存在させたくないから。認知とか一生いらない、というタイプのオタクなのです。(その点先述の推しはほとんどプライベートを見せないので、私の好みと一致しています。)二次元オタクの方には「推しの部屋の壁になりたい」と言えば伝わるでしょうか。
とはいえ世の中私のようなファンばかりではありません。むしろ距離の近さを喜んでいるファンのほうが多数派でしょう。そうなると、私は大半のファンと「解釈違い」を起こすことになるわけです。困った。
誤解のないようにしつこく書きますが、距離が近いことを悪いことだと思っているわけではありません。私の好みと一致していないというだけです。というか何だかんだ「ヒャッホーー供給だ!!!!」と舞い踊っています。単純なオタクです。
なぜ距離が近いことが怖いかというと(嫌というより怖いのほうが当てはまります)、そこに「危うさ」を感じてしまうからだと思います。生放送をすればどうしても視聴者数の変動が気になるでしょうし、エゴサをすればアンチの声が目に入ることもあるでしょう。そういった不安定なものを拠り所としている彼らが心配になってしまうのです。ファンの需要とか気にしなくていいから、推しにはハッピーなことしかない世界に生きていてほしい。どうしてくれようこのクソデカ感情。
もはや何の話だったかわからなくなってきましたが、この「距離の近さ」が同担拒否につながるのかもしれない、と思ったのです。距離が近ければそのぶん推しについての情報は増えますし、「自分の中の推し像」もより詳細になっていくでしょう。つまり「自分の中の推し像=真実」という図式が生まれやすいのではないでしょうか?
たとえば「私の推しには彼女がいない」という解釈があったとしましょう。もしステージやテレビ番組でアイドルを見るだけであれば、「彼女いないとは言ってるけど、単にファンサービスとしてそう嘘をついてるだけかも……」となるかもしれません。なぜなら推しの私生活を知らないからです。
ですが、これが私生活を公開するタイプのアイドルとなると、「自宅からの生放送をやってたけど、いかにも男の一人暮らしって感じだった」とか「SNSに家族とのお出かけ写真を載せてるってことは、休日は彼女とじゃなくて家族と過ごしてたんだ」とか、そういったことが積み重なって、「私の推しには彼女がいない」という解釈が現実味を増すわけです。しつこく書きますが、別に「推しに彼女がいない」という解釈はすべて間違っていると言いたいのではありません。あくまで「解釈」であることを忘れてはいけないというだけです。
そうなると、「推しもいい歳なんだから彼女くらいいるでしょ」という同担がいた場合、見事に解釈違いを起こすことになります。これが同担拒否につながったりするのではないでしょうか。
結論としては、
・同担拒否のファンの中には「解釈違い」が原因の人もいる
・二次元でも三次元でも解釈違いは起こり得る
・推しとの距離の近さが解釈違いにつながることもある
・「自分の中の推し像」を作るのはいいとして、それが公式だと思い込むといろいろ大変
……という感じでしょうか。もうこれ同担拒否の記事じゃなくて解釈違いの記事だな?タイトル詐欺ですみません。
いやはや、想像以上に長くて取っ散らかった記事になってしまいました。最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございます。
正直もう「推し方はみんな違ってみんないいよね~~~」みたいな心境ですが、どうにかこうにか同担拒否と解釈違いについて考察してみました。こんな考察もあるよ!という方はぜひブログを書いてください。大喜びで読みます。
同担拒否について書くきっかけをくれた友人Aと、アンケートの主催者である@sotsuron_2020様に感謝を述べてこの記事を結びたいと思います。ありがとうございました。